あれ？名前が出てこない。
昨日見たばかりの言葉なのに、どこかに消えてしまったような感覚。
誰しも一度はそんな経験があるはずだ。
だが、それが頻繁に起こるようになると、不安を覚えるのも無理はない。
年齢のせいだろうか？脳が衰えてきたのだろうか？実は、記憶力の低下にはもっと身近で、もっと複雑な理由が隠れている。
思い出せないのは、記憶が失われたからではない。
むしろ、脳のどこかにはちゃんと残っている。
それなのに出てこないのは、探し方がうまくいっていないだけだ。
まるで、本棚のどこかにあるはずの一冊を探しているのに、分類がめちゃくちゃで見つからないような状態。
記憶は整理されていなければ、必要なときに取り出せない。
整理のカギを握るのは、日々の生活のリズムや、どれだけ言葉を使っているかといった、意外に基本的なことだったりする。
現代の記憶力低下で特に注目すべきは、スマートフォンとの付き合い方だ。
何か気になることがあれば、すぐに検索。
誰が主演だったか、あの場所の名前は何だったか、すべて指先一つで答えが手に入る。
けれど、それが続くと、脳は「覚えなくてもいい」と判断してしまう。
検索することに慣れてしまった脳は、自分で思い出す力を手放していく。
楽な道を選び続けた先に、記憶力の衰えが待っているのかもしれない。
眠れない夜が続いているなら、それもまた記憶にとっては深刻な問題になる。
眠っている間、脳はただ休んでいるのではない。
むしろその時間こそ、日中に得た情報をじっくり整理し、大事なものを定着させている。
睡眠の質が悪ければ、せっかく学んだことや体験したことも、うまく脳に保存されないまま流れていってしまう。
布団に入る前のスマホチェックが、その大切な整理作業を邪魔しているとしたらどうだろう。
同時にいくつものことをこなすのが得意だと思っている人も多い。
しかし、マルチタスクは記憶の敵でもある。
テレビを見ながらメールを打ち、横では動画が流れている——そんな状態では、脳はどれにも十分な注意を向けられず、結果的に何も残らない。
一つのことに集中する時間を取ることが、記憶を強くする近道なのだ。
もうひとつ、意外に知られていないのが、「思い出す」ことそのものが記憶を深くするという事実だ。
何度も読み返すより、一度目を閉じて、自分の言葉で思い出してみる。
書き出してみる。
それだけで記憶の定着率は大きく変わる。
脳は「これは大事だ」と判断した情報だけをしっかりと保存しようとする。
その判断基準の一つが、「努力して思い出したかどうか」だったりする。
体を動かすことも、実は記憶力とつながっている。
歩いたり、軽く汗をかいたりすることで、脳は目を覚まし、記憶をつかさどる部分が活性化される。
ずっと座っている生活は、脳にとっても沈黙の時間だ。
ほんの10分でも体を動かすことで、思考が軽くなるのを感じたことがある人もいるはずだ。
そして最後に、静かに忍び寄る水分不足にも注意が必要だ。
午後になると頭がぼんやりする、集中力が落ちる。
そんなとき、実は単に「のどの渇き」に気づいていないだけかもしれない。
人間の脳はほとんどが水分でできている。
その水分がほんの少し足りなくなるだけで、記憶力も思考力も鈍ってしまうのだ。
こうして見ていくと、記憶力の低下は突然起こるものではない。
気づかぬうちに積み重なった生活習慣の結果として、じわじわと現れてくる。
けれど、その逆もまたしかり。
日々のちょっとした意識や工夫が、記憶力を回復させ、脳にもう一度「よく働く回路」を取り戻させてくれる。
記憶とは、思い出す力であり、生きてきた証でもある。
だからこそ、少しだけ脳の声に耳を傾けてみてほしい。
コメント